日本は、夫婦別産制(夫婦の一方が婚姻前から有する財産と、婚姻後でも自己の名で得た財産は、単独で所有する財産となること)を採用していますが、婚姻前に「夫婦財産契約」を締結することで、その制度とは異なる内容での財産の管理方法や分け方を取り決めておくことが可能になります。
しかし、その内容は登記されることで公表されますし、変更もできないため、非常に使いにくいものとなっています。
なお、夫婦の一方が外国国籍を有していたり、外国に居住していたりする場合には、その国の法律で認められる夫婦財産契約を締結することも可能です。
1.日本における夫婦財産契約制度
日本では、婚姻前から有する財産及び婚姻中自己の名で得た財産は、夫婦の一方が単独で所有する財産(特有財産)となります。その上で、夫婦は婚姻から生ずる費用を分担し、日常家事債務について、連帯して責任を負います。
このように、日本では法律上の建付けとしては、夫婦の法定財産制度として「夫婦別産制」を採用していますが、これは夫婦間に実質的な共有財産が存在することを前提として、離婚時の財産分与や相続の法定相続分の制度で最終的に清算できる仕組みがあるからともいえます。
⑴ 夫婦財産契約制度の内容
日本では、夫婦は婚姻の届け出前に限って、夫婦の法定財産制(①婚姻から生ずる費用、②日常家事債務、③特有財産)と異なる契約を締結することができます。
もっとも、婚姻届出前に登記をしないと、一方が死亡した場合に相続人や第三者に対して夫婦財産契約の内容を主張できません。
また、登記内容は公表されます。
さらに、本来、夫婦間でした契約は婚姻中いつでも取り消せるものですが、夫婦財産契約は婚姻前の契約であるため、登記の有無にかかわらず婚姻届出後は一切変更できません。
なお、夫婦財産契約登記の数は、2016(平成28)年以降は年に20件程度となっています。
⑵ 離婚時の財産分与
一方、夫婦の協力で得た財産(共有財産)は、離婚時の財産分与の対象とされます。形式上、夫婦の一方の名義になっていたとしても、実質的に夫婦の協力で築いた財産については、財産分与で清算が行われることになります。
例えば次のようなケースが考えられます。
ア 増加した財産価値:
例えば、一方の配偶者が所有している不動産が婚姻中に価値が増加した場合、その価値増加分は共有財産と見なされることがあります。
イ 婚姻中に獲得された退職金の権利:
退職金は、それが獲得された時期によって分けられますが、婚姻中に獲得された部分については、共有財産と見なされることが多いです。
ウ 自己の名義の預金や投資:
婚姻中に一方の配偶者が単独の名義で運用していた預金や投資でも、その資金の出所が共働きによるものなど共同の財産から来ている場合、共有財産として扱われることがあります。
これらについて、夫婦財産契約で特有財産の範囲を合意することで、財産分与の対象を限定することができるようになります。
⑶ 相続
実質的共有財産ではない特有財産は、財産分与の対象となりませんが、遺産分割の対象となります。
とはいえ、夫婦財産契約で事前に相続分の合意はできません。ですので、一般的に、相続の取り決めについては遺言を用います。
また、遺留分を放棄するには家庭裁判所の許可が必要なため、夫婦財産契約においてあらかじめ遺留分の放棄について合意することもできません。
このように、日本では相続の場面において夫婦財産契約の効力は大きくないため、夫婦財産の帰属を予め決めておきたい場合は、夫婦財産契約だけでは足りず、遺言も作成しておく必要があります。
2.アメリカにおける夫婦財産制
アメリカには、日本と同じく夫婦別産制を採用する州と、夫婦共有財産制(Community Property)を採用する州があり、夫婦共有財産制は2017(平成29)年時点で9つの州が採用し、3つの州で夫婦共有財産信託を選択できます。
夫婦財産契約についても、州によって異なります。
3.国際的な夫婦財産契約
⑴ 夫婦財産制の準拠法
夫婦財産制の準拠法(どの国の法律が適用されるか)は以下の通り定められています。
① 夫婦の本国法が同一であるときはその法
② 本国法が同一でない場合、夫婦の常居所地法が同一であるときはその法
③ いずれもないときは、夫婦の最密接関係地法
⑵ 夫婦財産契約と準拠法の選択
夫婦財産契約を締結し得るか、締結できる場合の締結時期、内容、効力、変更の可否、変更の方法等の問題も、夫婦財産制に関する通則法26条によります。
本条1項による準拠法以外にも、夫婦が日付を付して署名した書面による意をする場合には、以下のいずれかの法を夫婦財産制に適用される準拠法として選択し、夫婦財産契約を締結することができます。この準拠法の定めは将来に向かってのみ効力が生じます。
① 夫婦の一方が国籍を有する国の法
② 夫婦の一方の常居所地法
③ 不動産にする夫婦財産制については、その不動産の所在地法
また、選択した準拠法の変更も可能とされていますので、婚姻後、夫婦の一方が国籍や常居所地を変更することで、夫婦財産制の準拠法を変更することが可能です。また、夫婦財産ごとの準拠法の分割指定も一般的に認められています。
当事者が2以上の国籍を有し、そのうちの一つが日本国籍である場合、本国法は日本法となります。
しかし、通則法26条2項は、本国法ではなく国籍地法を準拠法とすることを認めています。すなわち、夫婦の一方が日本と外国の二重国籍者である場合には、外国法を準拠法と定めて、その外国法に基づいて夫婦財産契約を締結することが可能となります。
⑶ 登記
外国法が適用される夫婦財産制は、日本国内の法律行為や日本所在の財産については、善意の第三者に対抗できませんが(内国取引の保護)、外国の夫婦財産契約は登記をすれば善意の第三者に対抗できます。
⑷ 反致
夫婦財産制に反致は成立しません。
⑸ 相続と夫婦財産制の準拠法
被相続人に生存配偶者がいる場合、まず夫婦財産制の準拠法によって夫婦間の財産の調整や清算を行い、各自の財産が確定した後に相続準拠法により相続財産の管理・清算・分配がなされます。
4.日本における夫婦財産契約の利用
日本人夫婦であっても、①一方がたとえばカリフォルニア州で出生するなどしてアメリカ市民権も所持している場合、②一方がカリフォルニア州に常居所地を有している場合、③日本に居住しているがカリフォルニア州に不動産を所有している場合には、夫婦間の合意に基づいて、カリフォルニア州法に基づく夫婦財産契約を締結することが可能でしょう。
婚姻前に多くの資産を有している場合には、夫婦財産契約について準拠法を定めることも検討してよいかもしれません。
なお、以上の準拠法の選択は、あくまでも日本の通則法に基づくものです。たとえば夫婦財産契約を一切認めない国に夫婦で移住したり、財産を移転させた場合、以前に締結した夫婦財産契約の有効性がその国でどのように認められるかは、当該国の国際私法の規定によります。
5.税務
夫婦財産契約を締結した場合、贈与税の課税関係は発生するでしょうか。
夫婦財産契約は財産の帰属関係を定めたものに過ぎず、夫婦財産契約の履行によって得た利益が、贈与税の対象となるとされます。
そこで、不動産の移転登記を経るなど、夫婦財産契約の履行がなされた場合は贈与税の課税対象となるでしょう。
受贈者が非制限納税義務者の場合、全世界の財産の贈与が日本の贈与税の課税対象となりますので、注意が必要です。
以上、夫婦財産契約の解説を行いました。特に国際的な夫婦財産契約にはプランニングが重要となります。プランニングに関するお悩みごとは、経験豊富な当事務所へまずはご相談ください。
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